お侍様 小劇場

     “ベルベットの夜に…” (お侍 番外編 110)
 


どれほどのこと日程が短くとも、
まずは容易ではない務めであるのがデフォルト。
絶対証人が同座せねば意味がない事態だということは、
それだけのっぴきならない状況だということでもあるからで。
無論、一族の全員が総力を上げてのバックアップにあたるし、
彼自身もまた、
どんな危地にでも飛び込めるだけの技量を
きっちりと積み上げている。

とはいえ

武道においても権謀術数においても、
それぞれの世界で屈指とまで言われておろう
凄腕の練達が揃っていながら、
そんな支家の長級の人間でも足らぬ事態だということは、
どれほどの艱難や危険が満ちた事態であるかも
自づと知れるというもので。
そして、そんな窮地へ
わざわざその身を投じねばならぬ立場から、
逃れることを許されぬのが、
倭の鬼神の血統の直系に生まれた者の定め。
始まりの頃にはそれなりの意味のあったことなのかも知れぬが、
それがどんな盟約や誓いの上に成立したものであれ、
後世になればなるほど、
当事者にはどれほど理不尽なことか。
そうであると身に染みて知っていればこそ、
勘兵衛は敢えて妻子を持とうとしないのかも知れぬ。
勿論のこと、
年寄り連中がいい顔をしないのは当然だが、

ただ

だからと言って
勘兵衛自身がそれを厭うての末に、
宗主という地位、
投げ出したり逃げ出したりはしないものだから。
あんまりな意見をすることも出来のまま、
今現在に至っており。

  そして

彼の本当に身近にいる顔触れは皆、
表現のしようはどうあれ、
そんな彼を理解し、
心身捧げて支えようと思う者ばかり…。



     ◇◇*********


秋の陽は釣瓶落としとは よく言ったもので。
ビルの谷間に太陽が没すれば、
驚くほどの駆け足で宵の暗がりが訪のい、
黄昏の余韻もどこへやら、あっと言う間に夜となる。
そんな宵の濃藍に塗り込められようとしているお庭なの、
窓の向こうに広がるのを見やりつつ。
ああ、もうこんな時間かとほのかに驚いていたはずが、

 「……?」

唐突な電話があっての、
その内容へと
やや小首を傾げつつ携帯を切ったのとほぼ同時。

  ふわりと

誰かの気配がしたのと一緒に、
有無をも言わさぬ手際のよさで、
抗いようのないほど広くて雄々しい、
誰かの懐ろへ深々と取り込まれている七郎次で。

  “え?え?え?”

稲妻のようにまずはと背条を走ったのは、
こうまで容易く誰ぞに後ろを取られたことへの恐怖心と、
何て迂闊な自分かという居たたまれなさだったが。

 「あ……。」

凍ってばかりもいられぬと、
何らかの抵抗が立ち上がるより先に、
そんな反射と競うように気づいたものがあって。

 「……。/////////」

総身をくるむ暖かさとそれから、
自分を取り込む双腕の、覚えのあり過ぎる頼もしい充実感。
頬に触れた吐息には、ただの溜息以上の安堵が滲み。
そのくせ、こちらに姿を見せぬまま近づいたのは、
明らかに七郎次を驚かせてやろうという、
ささやかな魂胆、稚気あってのことに違いなく。

 “まったくもうもう。///////”

どんな茶目っ気を出されるやら…と、
こちらこそ どっと安堵してのこと。
胸の前へと交差させての差し渡しになった、
見ようによっては立派な拘束を受けながらも、
その腕へ自分からも そおと触れる七郎次であり。
まるで拝領された宝物のように
大事そうに両腕で抱え込んだ腕へ手を這わせ。
自分が懐ろへ引き込まれたことで、
間近になった御主のお顔を肩の辺りに意識すると、

 「……お帰りなさいませ。」

囁きながらゆっくりと振り仰げば。
ちょっぴり疲れを滲ませた、
だがだが、精悍さには曇りのないままな。
数日前に何の連絡もなくの突然
この自宅へ帰って来なくなった、
その直前のままの勘兵衛がいて。
うむと一つ瞬きをすると、
双腕の輪が心持ち、きつくなるほど狭められたのであった。



  



おまけ***************


余程のこと、人肌が恋しかった彼なのか。
お食事にしますか、
それとも湯につかられますかと訊く暇間も与えず、
いつの間にかシャツの中へと ねじ込まれた手が、
まさぐるようにせわしく動き始めたのへ気づき。
さすがに真っ赤になって、

せめて寝室へ、と

懇願の声あげて身をよじれば、
それくらいは折れてくれた勘兵衛だったが。
軽々と抱え上げての、今度もまた有無をも言わさず、
それは手早い身ごなしで、
奥の間の寝室まで、あっと言う間に辿り着いている速やかさよ。
寝台の上へあっさりとその身を押し込まれ、
はっと我に返れば、既に御主がのしかかっていて、
その身でもって、動けぬようにと押さえ込まれていて。

 「えとえと、あの…。////////」

あまりの性急さに、とはいえ、
無粋だの 即物的だのといった、
ヲトメのような繊細な感情は不思議と沸かない。
それだけこちらも餓
(かつ)えていたのか、それとも

 悠然とした態度で いつも泰然としており。
 大人ならではの耐性もあるはずな勘兵衛から、
 こうまで求められているのだという意識が先に立ち

そちらの想いの方が よほどにヲトメ心を刺激しもするようで。
衣紋をはだけられ、そこが外気に触れる暇もないまま、
大ぶりの手が肌を這い、吐息が触れ、
思いの外 柔らかな感触のする唇に撫ぜられては、

 “…………あ。//////”

こちらの官能へ 熱くて歯痒い火が灯るのも容易いというもの。
敷布の海の上、
こちらを縫い止めんとする身の重みさえ愛しくてならず。
あらわになった肌へ、
重なるように降り落ちる蓬髪のくすぐったい感触が、
明かりを灯さずとも相手の姿をありありと伝えてくれて。

 「   …あ。」

首とおとがいの狭間や、そこから下がった胸元の弱いところ、
少し痛いほど吸われることで、こらえ切れずに声が洩れ、
その蜜声の甘さが自身の羞恥に火をつけて。

 「……しち。」
 「〜〜〜〜。///////」

抵抗もせぬまま、乱すだけ乱された衣紋では、
今更 辞めてくれと言うのも白々しい。
でもでも、
そのお声で“如何した?”と訊くのは狡うございますと、
せめてもの恨みがましいお顔をし、
愛おしくてたまらぬ御主を、
シーツの海に埋まりかかっていた白皙の美貌でもって、
甘く睨みつけた七郎次だったりしたのでありました。








  おまけ もういっちょ*********



淫らな悦に意識が焼かれ、
何が何やら判らなくなるほどの熱に犯され、
ただただ勘兵衛の屈強な四肢にすがりつくことで
やり過ごした嵐が去って。
いつの間にか目が慣れた薄闇の中、
かちりという音と共に枕灯が点けられる。
黄昏色の明るみの中に浮かんだ勘兵衛の横顔は、
よほど満足したものか、
その男臭い頬にほのかな笑みさえ浮かべており。
それは大変なお務めだったはずだろに、
こうまで早速に帰宅出来ての、しかもこの運びとは、

 “……お元気ですよねぇ。”

いやいや、深い意味ではなくって。
(苦笑)
だって、あのあの……

 「そういえば。」

数日振りとなる愛しいお顔、
うっとりと眺めているばかりの七郎次へ。
何て顔をしておるかと、
今になっての照れでも出たか、
あらためての苦笑を返しつつ。
恋女房の金絲のような髪、
指先へと絡めるように梳きながら、

 「久蔵は まだのようだが。」

食事や風呂どころか、
それさえ“置いといて”で コトに及んだのは
何処のどなたか…じゃあなくて。
やや気怠そうに、今にも伏せられそうな瞼を励まし励まし、
それでも何とかくすすと微笑った七郎次、

 「何を仰せか。」

*****

 「勘兵衛様がご帰宅の直前にかかって来た電話で、
  外泊の旨を伺っておりましたが。」

何の話だとますますのこと怪訝そうな顔をする勘兵衛へ、
七郎次が語ったのは、

 『もしもし? ああ、おシチか?
  すまんが久蔵は、俺が預からしてもぉたから。
  ああいやいや、ちゃうて。
  せやから物騒な意味やのうて。』

ウチの若いのんへ
ちぃと手合わせの相手になってほしぃ思て、
学校帰りの寄り道はあかんらしけど、
そいでも急ぎや言うて、
(ちょく)でのお誘い受けてもぉてな…と。
軽妙な西の訛りでの説明のすぐ後に、

 『しち?』
 『久蔵殿ですか?』

本人までが電話口に出たからには、
合意の上の話ではあったらしく。

 『遅くなりそうなのですか?』
 『泊まることになると思う。』
 『え…?』

そんな唐突なと、急な段取りに驚いていたところへ、
悪戯なご帰還を果たされた御主だったとあって。

 「もしかして…良親様と示し合わせておられたのですか?」
 「そんな筈がなかろう。」

あやつめ勝手な真似をと、
たちまち憮然としてしまったお顔を見るまでもなく、
ああこれは良親殿の独断のようだと、七郎次にも話は通じ。


 「お願いですから、
久蔵殿へまでご不興をお向けになられぬように。」
 「………む。」


その代わり、何でもお好きなもの、
作って差し上げますからと、
幼子相手でもあるかのような
条件を出した七郎次も七郎次なら、

 「………では、新香巻きを頼もうか。」
 「はいvv」

ぼそり、律義にリクエストを出す壮年殿だったのも、
なかなかに柔軟な宗主様であったことよと。
一体誰から訊いたやら、
後日 大いに感心して見せた双璧のお二人だったらしいです。





   〜Fine〜  11.10.19.


  *秋の夜長にラブラブなご夫妻を書きたかったのですが、
   なんのこっちゃな〆めで ダメダメにしてすいません。
   勘兵衛様、日本の味は七郎次さんの作る新香巻きらしいです。
   (まだ言うか・大笑)
   かくいう もーりんも、寿司飯が大好きで、
   お茶漬けより おむすびが好きですが、
   もっと好きなのが寿司飯なので、
   すしのこは だしの素以上に欠かせません。
(笑)

めーるふぉーむvv ご感想はこちらvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る